目次
命令されると寿命が縮む?人生にまで関わる自己選択の科学と心理的リアクタンス
国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が「世界幸福度報告書」世界幸福度ランキングを発表しています。
日本の幸福度は日米欧主要7ヵ国(G7)のなかでは最下位、2019年の58位から4位ランクを落として62位だそうです。

その幸福度調査の中に含まれている項目の中に
「人生で何をするか選択の自由があるか」という項目があります。
なんと、選択の自由があるか、選択している認識があるかは幸福度に大きく関連しており
さらに選択ができないことで健康リスクや寿命にまで影響を及ぼす可能性がある事がわかっています!
今回は選択と人生の質に関わる内容、選択を制限されたときに起きる心理をご紹介します。
私達は選択を求めている
私達は自分で選択する事と自分で決定することを本能的に求めています。
生後4ヶ月の乳児を対象にした研究でも、自ら選ぶ力に対する欲求が確認されているほど生まれ持った欲求であることがわかっています。

その他の様々な行動実験で選択に対する強い欲求が確認されているのです。
選択や決定に対する本能は人間だけでなく、鳩やラット、猿を使った実験でも確認され、選択の多さと複雑さを求めるのは動物の本能と言えそうです。

食事が支給され外敵もいない、全てが揃っている動物園から動物が脱走したがるように
私達は安全や安定と同時に自分の選択で行動すること、自己決定することを生まれながらに望んでいるようです。
心理的リアクタンス
皆さん「やめろ!」と言われるほど、その行動をしたくなったことありませんか?
私達の生まれながらの欲求である選択や自己決定を
奪う・制限・禁止すると、それに反発しようとする心理が生まれる事がわかっています。

その心理を1960年代に心理学者のジャック・ブレームは「心理的リアクタンス」と名付け、以下のように説明しています。
自分に何かの行動をとる自由が有ると信じている者は、その自由が失われるか、失われそうになる時
心理的反発=「それらを回復しようとする動機付け状態」になる。
心理的リアクタンスは日本語で言うと不服従、反抗、反逆など呼び名は沢山あります。

心理的リアクタンス例
- あの人とは絶対に恋に落ちてはいけないと分かっているのに好きになる=ロミオとジュリエット効果
- 絶対に押すなよ!と言われると押したくなる
- 禁止した方が子供の興味を高めてしまう
- 生徒が校則を破ろうとする
- クーデターや解放・民主化運動・反政府デモなどの動機の一部
「影響力の武器」にも詳しく解説されていますが
心理的リアクタンスは、初めから選択や自己決定を制限、禁止されている時よりも
選択や決定の自由を与えられた状態から、選択肢を狭めたり、選べなくした時の方が強く働くこともわかっています。
カナダで起きた心理的リアクタンス
タバコやお酒は税率を高めると自分の意思で辞める選択をする人が増える事がわかっています。

しかし、カナダのようにタバコの税率を高めすぎて選択や自己決定でなく
「国から禁止された」ような感覚を与えてしまい、国民の心理的リアクタンスが高まったことがあります。
禁止に対するリアクタンスとして
カナダ国内でアメリカからの安い、闇タバコが違法に流通し、国の税収は激減、最終的に国が税率を下げる結果になりました。
私達の選択や自己決定についての欲求は思っている以上に強いようです。
選択権の多い人ほど長生きする
選択を制限するとリアクタンスが起きますが
他人からの指示ばかり受けていると健康リスクが高まること、逆に自己決定の自由を認識することでメリットが有ることが分かっています。
ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのマイケル・マーモット教授が、数十年にわたって指揮しているホワイトホールという研究プロジェクトがあります。
この実験では選択の自由度に対する認識が健康に大きな影響を及ぼす事を実証しています。

この実験では1967年から20〜64歳のイギリス人公務員1万人あまりを追跡調査しています。
その結果、最も低い階層の公務員(ドアマンなど)が、最も高い階層の公務員の3倍も心臓病のリスクが高かったのです。
この統計では、低い階層の公務員の
- 運動習慣
- 喫煙
- 肥満
などの条件を考慮してもまだ2倍もリスクが高いという結果が出ました。
そして上司に比べて、部下の健康リスクが高くなる傾向は、医師、弁護士、その他の専門職でも確認されました。

この研究で健康リスクと直接相関していたのは
「職業階級の高さ」と「自己決定権の度合」だったのです。
つまり、選択をする人と、指示される人で健康リスクが異なることが示唆されました。
老人ホーム入居者の自己決定感と健康リスクを比較した実験
些細な選択や自己決定でも健康と関わりがあることを示した、かなり大胆な実験があるのでご紹介します。
心理学者のエレン・ランガーとジュディス・ローディンが65〜95歳までの老人ホーム入居者を対象にして行った実験です。
老人ホームの入居者を階ごとに
2つのグループ
- 優秀な職員に管理されている認識を強調したグループ(自己選択の認識低い)
- 楽しい人生にできるかは入居者次第だという認識を強調したグループ(自己選択の認識高い)
の2グループに分けます。
さらに、自己選択・自己決定の認識の違いと合わせて
些細な自己決定に差をつける
- 鉢植えの世話を職員が行い、映画を見る日を指定される(自己選択の認識低い)
- 鉢植えの世話は入居者が行い、映画を見る日を選択できる(自己選択の認識高い)
など、些細な自己選択・自己決定の度合いにも差をつけました。

その結果、3週間という短い期間にもかかわらず
- 自己選択の認識低いグループでは70%以上に身体的な健康状態の悪化
- 自己選択の認識が高いグループでは90%以上の健康状態の改善
が確認される結果となりました。
さらに6ヶ月後の調査では、選択の自由度が高いという認識を与えられた入居者の方が死亡率も低かった事が判明したのです。
自分で選択しているか、大事なのは認識
自己選択・自己決定した認識が低いと健康リスクが高まると聞いて
と心配に思う方もいらっしゃるかもしれません。
ですが安心してください。
選択をしているかどうかで大切なのは状況や環境ではなく「認識」だという事が分かっています。

先ほどの老人ホームの実験でも分かるように、些細な自己選択でも頻繁に行う事で人生のコントロール感や自己決定の認識を高める事ができます。
だったら「全てを自分で決める」方がいいの?
と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。

前回の記事で「どの範囲まで自己選択したいと願っているか」
=選択への期待やモチベーションは国や文化によって異なる事をご紹介しました。
そのことを分かりやすく表した調査があります。
どれくらい自己決定感を求めているかは文化によっても左右される
コロンビア大学シーナ・アイエンガー教授が京都留学時に日本人とアメリカ人学生計100人に行った調査があります。

一枚の紙を配り
- 表=人生の中で自分で決めたい事を書く
- 裏=自分で決めたく無い、もしくは誰かに決めて欲しい事を書く
この結果
アメリカ人学生の多くは「表(自分で決めたいこと)」が文字で埋め尽くされ、余白が無いほどなのに対し
「裏(自分で決めたくないこと)」は1つか2つ(「死ぬ時期」や「愛するものを失う時」が多かった)だったそうです。
アメリカ人の学生は人生のあらゆる選択を自分で決めたい欲求を持っていたそうです。

それに対して日本人学生は、この調査に限って言うと
ほとんどの事柄を自分で決めたいと思っている人は誰もいなかったそうです。
日本人学生の傾向は、平均して「表=自分で決めたい項目」の2倍も
「裏=自分で決めたく無い項目」があったそうです(「職場での仕事内容」「身に付けるもの食べるもの」「起床時間」など)

結果「表=自分で決めたい」項目はアメリカ人学生の方が4倍多かったそうです。
「全て自分で決めるのがいい事だ」「自分でした選択のみに価値がある」
とお考えの人もいらっしゃいますが、人によっては誰かに決めてもらう事でモチベーションが上がったり、うまく行く人もいます。
ですが、自分は指示を受けてばかりで息苦しいとまで感じる時は、生活の細かなところで自己選択、自己決定を行っている認識を持つ事が大切です。
自己決定の認識を高める方法
自己決定している認識を高めるのはとても簡単な、些細な方法で構いません。
例えば「皆この食事を食べないといけない」と制約的な状況にあったとします。

その際、ただ漫然と食べても自己決定の認識は高まりません。
- 私はおかずをこの順番で食べよう!
- 一口ごとに30回は噛もう
- この食材はしっかり味わって、この食材は残そう
- ご飯は少なめにしてもらって、揚げ物の衣は取ろう
- 周りが言わなくても頂きますとご馳走さまは手を合わせて声に出そう
このように些細な自己選択・自己決定を取り入れるだけで認識は向上するようです
また別の記事でご紹介しますが、多すぎる選択肢は「選択回避」と呼ばれる心理を引き起こしてしまいます。
そのため制約は必ずしも自己決定の認識を損なわず、自由は必ずしも自己決定感を高めるわけでは無いことに注意しましょう。
まとめ
選択や自己決定が健康や幸福度と大きく関連していることが分かっています。
選択や決定する量や事柄に対する期待の大きさは文化によって違うので、自分が期待する範囲でしっかり選択を行い、それを認識することが大事なようです。